- 昭和 2年(1927)
- 5月20日長野県北佐久郡本牧村望月に生まれる。
- 昭和21年(1946)
- 笠間・奥田製陶所で作陶技術を学ぶ。
- 昭和22年(1947)
- 明治大学専門部文科文芸科に入学。
- 昭和28年(1953)
- 木村武山の弟子、海老沢東丘に日本画を師事。
- 昭和35年(1960)
- 茨城県笠間市月崇寺の境内に築窯、中国、朝鮮、日本の
古陶磁を研究、また練土技法を施策研究する。 - 昭和43年(1968)
- 栃木県佐野市陶芸家田村耕一氏に師事し、練上手を制作。
- 昭和44年(1969)
- 第9回伝統工芸新作展に初出品《練上手大鉢》で
奨励賞を受ける。 - 昭和45年(1970)
- 第10回伝統工芸新作展に《練上手辰砂鉢》を出品、
日本工芸会賞を受賞。 - 昭和46年(1971)
- 第18回日本伝統工芸展に《練上線文鉢》を出品、
日本工芸会総裁賞を受賞。日本工芸会正会員に推される。 - 昭和48年(1973)
- 第2回日本陶芸展に《練上線文鉢》を出品、
最優秀作品賞、秩父宮賜杯を受ける。 - 昭和50年(1975)
- 第22回日本伝統工芸展に《練上壷》を出品、
NHK会長賞を受賞。 - 昭和52年(1977)
- 第24回日本伝統工芸展鑑査委員就任。
- 昭和55年(1980)
- 『松井康成随想集・無のかたち』(講談社)刊行。
- 昭和59年(1984)
- 『松井康成陶瓷作品集』(講談社)刊行。
- 昭和61年(1986)
- 財団法人藤原啓記念館より第2回藤原啓記念賞を受賞。
- 昭和63年(1988)
- 紫綬褒章受賞。 (社)日本工芸会理事に就任。
- 平成 2年(1990)
- 第30回伝統工芸新作展審査委員長を務める。
(社)日本工芸会常任理事に就任。
『松井康成練上作品集1985-1990』(講談社)刊行。 - 平成 3年(1991)
- 第4回MOA美術館岡田茂吉賞大賞を受賞。
- 平成 5年(1993)
- 重要無形文化財「練上手」保持者(人間国宝)の 認定を受ける。 『陶Vol・89松井康成』(京都書院)刊行。茨城賞受賞。
- 平成 6年(1994)
- 著作『宇宙性』(講談社)刊行。
茨城県より特別功績賞受賞。 - 平成 7年(1995)
- 『重要無形文化財を保持する人々-
人間国宝新作展第三〇回記念展』出品 - 平成10年(1998)
- 明治大学リバティータワー陶壁画〈人間賛歌〉完成
- 平成12年(2000)
- 勲四等旭日小綬章
- 平成14年(2002)
- 著作『涅槃』(講談社)刊行
- 平成15年(2003)
- 従五位を賜る
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阿弥陀経に書かれている7つの宝石の中の一つ玻璃は、硬い鉱物を研磨して光らせたものである。高温で焼成した後の壷は白く濁り、石のように硬い。松井氏はこの壷に11段階もの磨きを施し、釉薬をかけたものとは違う味わいの輝き、玻璃光を作り出した。
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風に晒され風化した地層にヒントを得た技法。ろくろで練上土をひくと表面の色土は混ざり合い模様は濁って見えなくなる。そのため生乾きの時に表面をカンナで削り内側の練上模様を浮き上がらせる。風白ではこの工程の後機械で粗めの砂を吹き付ける。荒らした表面には釉をかけずに本焼きをするのでざらざらした感じがそのまま残る。
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白く明るい作品を作るために土の成分を調節してある。純白で収縮の強いニュージーランド産カオリン(陶土の成分の一つ)の一部を焼き、粉砕して土に混ぜ入れた。現在では天草カオリンや朝鮮カオリンなども加えられ明度が変えられている。本山木節粘土なども収縮の調整に使われている。
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萃には集めるという意味がある。萃瓷には松井氏がそれまでに築き上げてきた練上の多様な技法、色彩、模様などのすべてが集められている。ふつう陶器の本焼きは1230~50度くらいだが、1280度という高温で本焼きするため、上にかける釉だけでなく素地土の表面も溶けてしっとりと混ざり合う。